寝起き【夜行・硝子】
寝坊常習犯の夜行を叩き起こす為に、硝子は彼の部屋に突入した。寝台の上で寝転がる彼は掛布団から足がはみ出るくらい手足を大きく広げていた。いびきを立てながら気持ち良さそうに眠っている。硝子は容赦なく掛布団を引き剥がすが、その程度では起きないのがこの男。耳元で大声を出してみたり、フライパンを叩いて金属音を響かせてみても起きる気配はない。毎朝の苛立つルーティンに硝子は舌打ちをする。
「よく首にアクセサリーをつけたまま眠れますね。」
安らかな寝顔を見るたび引きちぎってやろうかと怒りが込み上げてくる。首飾りに手を這わせると、その手を横から遮るようにバシッと力強い手が伸びてきた。
「……触るな。」
「起きていらっしゃったなら、さっさと布団から出て身支度を整えてください。」
硝子は持参していた夜行の着替えを乱雑に寝台に向かって投げ置いた。
「早く着替えて、公務の準備をお願い致します。では。」
「この首飾りは父上から頂いたものなのだ。貴様が容易に触れて良いものではない。」
「……。」
硝子が身を翻したタイミングで、夜行はぼそりと言葉をこぼす。その声色がいつになく真剣で、物珍しさから硝子も足を止めた。
「この勾玉は吾輩の身を護り、幸運を与えてくれるもの。肌身離さずつけておけと言われたのだ。」
「お父上様に対しては随分、殊勝な態度なのですね。」
「……ろくに顔も合わせず死んでしまったがな。」
夜行は首元の勾玉に触れる。それを見つめる赤い眼差しは揺れていた。
「公務に勤しみ、邸に帰ってくることも殆どなかった。どんな人物であったかさえ吾輩は人伝てにしか知らぬ。」
「お父上様とあなたを繋ぐ唯一のものだったということですか。」
「……そうだな。」
夜行は頷き、数少ない父との思い出を振り返る。仏頂面でお菓子を差し出されたこと。剣技が上達して、よくやったと一言褒めてくれたこと。泡のように浮かんでは消えてゆく。
夜行の話を聞き終わり、硝子は地面に跪く。何事かと夜行は目を丸くさせた。
「……先程の非礼、お詫び申し上げます。幾らあなたに苛立ったとはいえ、私は思い出の品を破壊するところでした。」
「やけに素直だな!気味が悪いわ……。」
「私にも人の心はありますので。間違ったことは反省し、受け止めます。」
「ま、まあ、良かろう。その調子で普段からもっとこう従順な可愛げのあるメイドに――」
夜行が妄想を繰り出す前に、硝子は寝台に置いていた服を彼に向かって投げつける。不意打ちを食らった彼は、顔面にクリティカルヒットをお見舞いされた。
「馬鹿な妄想を膨らませてる暇があったら、早く着替えてください。朝ご飯抜きで公務に駆り出しますよ。」
ツーンとした冷たい硝子の眼差しを受けながら「やはり嫌いだこのババァ…!」と夜行は忌々しそうに愚痴を溢すのであった。